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未曾有の災害時に「演劇」は人の力になり得るか

神戸市垂水区に拠点を置く劇団自由人会の被災地でのボランティア活動の報告をします。

劇団自由人会は兵庫県劇団協議会(以下、兵劇協)に加盟する劇団です。学校公演を主として行っている専門劇団で、劇団代表を務める森もりこさんは兵劇協の代表も兼任しておられます。
兵劇協事務局長の大西衛一が、森さんから話を聞きました。
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南三陸 ホテル観洋
Q:先の神戸を襲った地震では自由人会も大分被害を受けましたね。
A:1995年1月15日の阪神淡路大震災で、事務所を兼ねた稽古場が全壊し、全てを失いました。唯一被害を免れたトラックに乗って、翌日には既に契約を交わしていた静岡に向けて、交通網が寸断された道を20時間かけて静岡に到着して、なんとか公演を果たす事が出来ました。いま思えばよくぞキャンセルせず約束を果たせたなア~と感慨を新たにしました。公演地ではいっぱいの励ましを受け涙がとめどなく溢れました。そのとき私たちには演劇しかないんだと実感しました。

Q:さて、今回のボランティア公演を敢行しようと思ったのは、あの時の苦しかった思い出と重なったのでしょうね。
A:そうなんです。10月3日に宮城県へボランティア公演に出かける前に、実は震災直後に5名でボランティアに行きました。岩手の宮古市、福島の相馬市などはこれまで何度となくお世話になっていたところなんです。いてもたってもいられなかったのです。1250人分のノートを携えて現地に入りました。瓦礫の撤去や物資輸送のお手伝いをしながら、中学校を訪問してノート配りました。

Q:被災地で公演するとなると、いろいろ困難があったと思うのですが。何人で行かれたのですか。
A:はい。それはいろいろありました。10月3日に3トントラックと10人乗りのハイエースに総勢13人で行きました。自由人会の外に兵劇協に参加者を呼びかけて3名が駆けつけてくれました。1日目は宮城県南三陸町、2日目は美里町と往復2000キロの道のりです。

Q:震災直後に行かれた時とは変わっていましたか。
A:仙台から少し東へ太平洋に向かって走って行くと、黄金色に染まった稲穂や、彼岸花が色鮮やかに咲いていて東北のどかな田園風景が続いていました。ところが横山峠を越えると風景は一変します。かすかに人の気配はしますが全くの荒野は変わっていませんでした。瓦礫はかなり撤去されていましたが、半年が過ぎようというのに荒れ果てた広大な土地には復興の足跡はなく、震災の規模の大きさに只々驚愕すると共に、政府の対応の遅さに怒りさえ覚えました。

Q:受け入れてくれる方も大変だろうと思うのですが。
A:そうなんです。被災地の人たちの力に少しでも役立ちたいという私たちの思いは、ひょっとすると私たちの独善ではないのか。果たして未曾有の災害時に演劇は力になりうるのか。ずいぶん悩みました。

Q:その悩みを決断させたのは何だったのですか。
A:それはやはり、被災地神戸での経験でした。あのとき子どもたちは私たちが考える以上に大人たちを気遣いストレスを感じていました。私たちのお芝居が少しでもストレスから解放できたらという思いでした。

Q:それで何を持っていかれたのですか。
A:対象年齢をどうするのか。会場がなければ野外でもできるものを。結果、子ども達だけではなく、親子で楽しめるものをしようと決めました。「さるかに合戦」を現在版のミュージカル風にアレンジした「にっくいさるめとかにどんたち」が丁度全国展開しておりましたので、それに決めました。

Q:受け入れの方はうまく行ったのですか。
A:無料のボランティア公演といっても、公演場所の確保、公演を伝達する方法、お世話して下さる人たち、宿泊場所の確保、なにもかも失った被災地では問題は山積みでした。被害の大きかったところではなかなか受け入れは困難でした。それで、別の場所を考えていた時に、南三陸町にある「ホテル観洋」と連絡が取れました。このホテルはこの地域では唯一生き残ったホテルでした。海に向かって突き出るようにして建っているこのホテルは災害の全てを目撃していたホテルです。4階までは被害を受けたが、フロントが5階にあったため助かったのです。従業員のみなさんは全員地域の支援活動に奔走されていました。多いときには500名ぐらいの被災者を受け入れておられたそうです。修理を終えた大浴場に被災者にせめてお風呂だけでもゆっくり入って貰うために、被害を免れた送迎用のバスに「観洋ぐるりんバス」と名付けて、点在する仮設住居者を一軒一軒訪ねて送迎されておられました。私たちのボランティア公演の申し出には二つ返事で引き受けて下さいました。公演当日は70数名の方々に観ていただき、ホテルの皆さんもびっくりされておられました。

Q:その70数名の皆さんは自由人会で集められたのですか。
A:いえ、呼び込みから送り迎えまですべてホテルの皆さんがやって下さいました。来られたお年寄りに「すいません、このお芝居は子ども向けなんですよ」と説明すると「イヤァ~、ばちゃま達の頭ン中は子どもみたいなもんだからいいんだよ。ガッハハ」とみんなで大笑いしました。私たちはこの様な条件の下で公演できる事に感謝しながら、力いっぱい演じました。終わって、子ども達は衣装を着けたままのサルさんやカニさんと写真を撮ったり、握手したり大喜びでした。「よく神戸の地震から頑張って来られましたね」と励まされたり、子ども達の活き活きした輝く眼を見たとき、来てよかったと心から思いました。

Q:2日目は美里町でしたね。
A:はい。美里町という所は被害は比較的少ない所でした。ここでは、これまで交流のあった「大崎おやこDe」の皆さんが中心になって会場から呼び込みまでやって下さいました。会場はキャパ800名の美里町文化会館を用意して下さいました。満席でした。無料公演にも関わらず、すごく楽しかったのでお金を払いたいとお小遣いの中から200円を握りしめて小さな子どもが受付に来てくれたときには、涙が止まりませんでした。

Q:演劇はすごい力を持っているんですね。この公演を通じて何を感じられました。また、費用は全額自腹ですか。
A:そうなんです。私達は被災地の皆さんを励ますつもりで行ったのに、逆に私たちが勇気を貰って帰ってきました。東北の皆さんはあんな大きな災害に遭われて、疲れていらっしゃると思うのに穏やかな表情で、淡々と生活を立て直しておられる姿に接して、東北人のしたたかさと、ねばり強さを感じました。費用は宿泊費と交通費を兵庫県の「23年度がんばろう東日本!アート支援」に申請し頂戴しました。貧乏劇団としてはとても助かりました。

Q:どうもお疲れ様でした。最後にひと言ありましたら。
A:今こそ演劇の出番だと思いました。同時に会場に足を運ぶ事すらできない人たちがまだまだ大勢おられることを忘れてはならないと肝に銘じました。
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→南三陸ホテル観洋のブログに「さるかに公演」の記事が掲載されています。こちら。
南三陸ホテル観洋女将さんと
ホテルの舞台に設営中